にほんブログ村 子育てブログ 子供の教育へ



大学受験シーズンも終わりが近づいています。近年は文系の人気が高いようですが、世界では異なる潮流が出ています。理系分野で優れた人材を増やそうと、科学・技術・工学・数学に力を入れる「STEM教育」が広がり始めているのです。

 

 STEMとは科学・技術・工学・数学の英語の頭文字をとったもの。先陣を切る米国は、2010年代から多くの予算を投じています。オバマ前大統領が11年に「中国やインドは理系教育に力を入れている」と演説するなど危機感があるのです。

 

 背景にあるのはテクノロジーの進化です。いろんな仕事でプログラミングやデータ分析などの能力を使うようになっています。漫然とした教育では国の競争力が落ちると、欧州やシンガポール、タイなどもSTEMを次世代教育の課題に掲げます。

 

 科学技術立国を掲げる日本はどうでしょう。20年度から小学校でプログラミングが必修になるなどの動きはあります。しかし、他国と比べ大きく出遅れていることがあります。女性の理系人材、いわゆる「リケジョ」が少ないことです。

 

 リケジョの不足は各国の課題で、国連が17年に開いた会議でも「STEM教育を女性に広める」と決議されました。ただ、経済協力開発機構(OECD)によると、STEM分野の高等教育の新入生に占める女性は日本は16%。OECD平均30%を下回り、35カ国中で最低です。

 

 これは学力やカリキュラムだけの問題ではないかもしれません。「母親が理系に興味がないと娘が希望しても勧めないことが多い」。お茶の水女子大学の加藤美砂子副学長はこう感じています。同大は子ども向けの実験教室などを開いていますが「女子は親と来てもらうのがまず一苦労。どんな仕事についても理科系の思考力は役立つと親も知ってほしい」と話します。

 

 埼玉大学STEM教育研究センターの野村泰朗代表も「小中学生では女子のほうがSTEM科目ものみ込みが早いが、それと進学が結びついていない」と実感しています。学研教育総合研究所の調査では、親は長男には5割以上が理系進学を望むのに対し、長女には3割弱しか理系進学を望みませんでした。

 

 15年には当時の鹿児島県知事が「女子にサイン、コサイン、タンジェントを教えて何になるのか」と発言したこともあります。OECDの報告書でも「日本の女性の科学分野への関心の低さは、社会や文化に根ざす女性の役割に対する考え方がある」と指摘されています。

 

 日本のSTEM教育は「男の子は理系、女の子は文系」という偏見を取り除くところから始める必要がありそうです。

 

 

■野村泰朗・埼玉大学STEM教育研究センター准教授「機械にできない力を伸ばす」

 

 日本でいち早くSTEM教育に取り組んできた、埼玉大学STEM教育研究センター代表の野村泰朗准教授にその活動と展望を聞いた。

 

 ――STEM教育研究センターの活動を教えてください。

 

 「2001年に始まった『ものづくり教育研究センター』が前身です。知識や受験勉強に偏っている学校教育を見直し、もっと本質的な問題解決能力を育てられるようにしようという問題意識で始めました。その後、世界的にSTEM教育を重視する流れが出てきたので、07年にSTEM教育研究センターと改めましたが志は同じです。センターではSTEM的な考え方の授業が実践できる指導者の育成と、その方法論を研究しています。その一環として、実際に子どもたちが大学生と一緒になってロボットやゲームをつくったりする学びの場を大学内につくり広く地域に提供しています」

 

 ――STEM教育の重要性を教えてください。

 

 「これほどコンピューターが普及し、どの現場でも理科系の素養が必要になることは明らかです。ただ、STEM教育は単なる理工系教育とは異なります。理科系の素養を身につけつつ、様々な分野の知識や技術を統合する能力を身につけることだと私は考えています。例えばプログラミングを学ぶこと自体が目的なのではなく、プログラミングを道具として使えつつ、そこからどんな新しいものができるのか考える力を持たせることがSTEM教育の目標です」

 

 ――海外の状況はどうなっていますか。

 

 「米国ではより実用的なSTEM教育が進んでいます。欧州は以前から科学的リテラシーとして教科横断の総合的な能力を育てることが重視されていますが、最近は『Computing』というコンピューターに関する授業(日本におけるプログラミングとほぼ同義)にフォーカスする動きが強くなっています。アジアではシンガポールが熱心です。東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の関心も高く、タイでは、国家的プロジェクトとして国内に13カ所のSTEM教育センターをつくっています。当センターもタイのそれらのセンターを統括する機関とSTEM教員養成の共同研究を行っています」

 

 ――日本は遅れているのでしょうか。

 

 「必ずしもそうだとは思いません。STEM教育をさまざまな分野の知識を統合して問題解決に挑戦する総合的な学びととらえれば、日本は『総合的な学習の時間』として20年以上前から学校教育の中で取り組んできたわけです。ただ、プログラミング教育といった理科系の要素だけみれば遅れている。本来プログラミング教育や英語教育は何のために学ぶかが大事なので既存教科の中に統合していくことが必要なのですが、なかなか既存のカリキュラムを見直すのは大変で、残念ながら英語教育やプログラミング教育を始めれば総合的な学習の時間が削られてしまうという現実もあります」

 

 「情報技術が進展し、生き方が多様化する中で、学校教育の場にこだわるだけでなく、学び方自体も多様化することが自然ではないでしょうか。学校だけに頼るのではなく、放課後に別の場所でそうした総合的な学習を進めることも必要かもしれないと思っています。当センターも学童保育を開き、プログラミングやロボットづくり、ダンスや英会話など様々な学びの計画を自ら考え組み立てて,取り組むことができる能力を育てる試みを始めています。機械にはできない、人間だから考えられる力を伸ばしていくことがSTEM教育の目指すところです」